注:盗一さんと新一しか出てきませんよー。でも盗新じゃないですよー。
死にネタっぽいです。
***
「早く走るんだ!」
強い力に引っ張られて必死に足を動かす。まだ幼い体では足が縺れて上手く走ることができなかった。
真っ暗で何も見えないはずの森が少しずつ赤い炎に包まれているのが分かる。炎が行く手を阻むように轟々と燃え続けていた。
後ろからは自分たちより何倍も速い蹄の音。
……まるで後ろから死神が追いかけてくるようだ。
その死神が迫る音は確実に自分たちに追いつくだろう。もし、追いつかれたら自分たちはどうなってしまうんだろう?
漠然と「あぁ、死んでしまうのかな」と思った。
同時に懐かしい人たちの顔が浮かび上がる。優しいあの人達は一体どうなったのだろう。無事なのだろうか…。
そして、彼は……。
一番の親友の彼は無事なのだろうか?
いや、彼は俺の父と母に連れられて街に出ていたはずだ。だからきっと無事だ。
いつの間にか森の奥まで来ていたようだ。この先には崖があるから近寄るなと言われている場所。
力強く自分の手を握る大きな手。
思わず不安でこの大きくて、大好きな手を持つ親友の父親の顔を見上げた。
視線に気づいたのか自分の方へ視線を落とすといつもと同じようにほほ笑んだ。
「大丈夫だ。新一は何も怖がることないよ」
いつもと同じように笑う彼に何故か違和感を覚えた。
なんとなく、この手を離してはいけない気がする。そう思ってギュッと手を握り締めた。
死神の音は止まることなく近づいていた。
その音を聞いて彼は少し顔を顰めてまた真っ直ぐに前を見つめた。
『せめて新一だけでも…』
今思えば彼はそう呟いたのかもしれない。
炎と煙に包まれているのに、何故か暗闇に向かって走っているようだった。
不意に木が少ないことに気づいた。少しだけ速度を落とすと彼は立ち止った。
足元には切り立った大きな崖。
底の見えない闇だけが広がっていた。
後ろには死神の音が迫ってきている。
「盗一さん…?」
見上げると何故かとても悲しそうで、何かを諦めたかのような顔をしていた。
不安で胸が締め付けられそうで、強く手を握り締めた。
「新一…」
「嫌だ」
涙が頬を伝う。
それでも絶対にこの手は離さない。
手をギュっと握り締めて俯いていると温かいぬくもりが新一を包んだ。
「新一だけは失うわけにはいかないんだよ」
「でも…!」
「それに、新一に何かあったら優作に怒られてしまうだろう?」
「なら、盗一さんも一緒に…」
「ああ。でも、足止めをしなければならないからね。後で行くから新一は先に行っていてくれるかな?」
「絶対?絶対に来てくれる?」
「……もし、私が来なくても走り続けるんだ。何があっても、生き続けるんだ」
「とうい…」
「快斗を頼むよ。あれは新一にしか心を開かないんだ」
誰に似たんだろうね?と笑う姿はいつもと変わらない。
「盗一さん…」
「おや、もう時間のようだね」
ほんの僅かの所まで死神は近づいていた。
「嫌…盗一さん…!」
「生きるんだ、新一!」
するりと固く握られていたはずの手が簡単に離れ、同時に体が突き飛ばされた。体が重力に逆らうことなく真っ逆さまに落ちていく…。
目を瞠ってさっきまで自分が立っていた場所を見つめた。
その刹那、轟音が響いき、眩しいほどの光が溢れて盗一さんがいるはずの場所が炎に包まれいているのが分かった。
「盗一さん!!!!!」
悲痛な叫びは誰にも届くことはない。
ただ闇に引きずり込まれて新一はそのまま気を失った。
いつの間にか手に握られた小さなクローバーをつけたモノクルを握り締めたまま…。